こんにちはゆとり世代です

なんにもまとめていません、あんまりお役にも立てません。ゆとり世代。仕事、婚活、映画読書などについて徒然。

人はどうして自殺をしてしまうのか

実は先日、仕事終わりで帰宅のために乗ろうと思っていた電車が人身事故のため止まるということがありました。

東京に来てもうすぐ2年が経ちますが、実際自分が使用する電車の遅延や振り替え運送は初めてでした。

いつもなら20分で帰宅出来るところを1時間も使ってしまったんですが、まあ、そんなことは置いておいて。

 

遅延していつ動くか分からない電車の中、親子がこんな会話をしていたのです。

 

f:id:mimimicha:20171103220822p:plain

f:id:mimimicha:20171103221134p:plain

f:id:mimimicha:20171103222622p:plain

f:id:mimimicha:20171103222634p:plain

 

人身事故ってつまり、そう、人が死んだってことなんです。

 

電車の遅延は、確かに迷惑。

「やるなら一人で死ねよ」「人に迷惑かけるなよ」

そういう意見はごもっとも。わたしも思わないわけじゃありません。

そういうことを言う人も、悪気があるわけではない。

別に誰かに「死ね」とか、そんなことを言っているわけではない。

それにより起こった迷惑や実害について話しているだけで。

付随したものについて話しているだけで。

 

でも、そう。

あの親子の会話。

 

f:id:mimimicha:20171103222622p:plain

 

誰かが、自ら、死を選んでしまったという事実があるんです。

 

それはもしかしたら、明日は自分の友人かもしれない。

それはもしかしたら、明日は自分自身かもしれない。

 

わたしは割と厭世的というか。

kotobank.jp

何度か以前の記事でも書いたことがあるのですが、もし生きることと同じくらい簡単に死ぬという選択肢があるのなら、正直どちらを選ぶかの自信はないのです。

何故だろう。

なんにもないから。

楽しいこともないわけではないけれど、有り余る程多いわけでもない。

生きているうえで嫌なことと良いことを天秤にかけて、そうしたらどうなのか。

生きて、例えば好きでもない不安ばかりの仕事に毎日毎日行かないといけないとして。

それと比べて、もう完全に自分というものがなくなって全ての苦痛から(そしてすべての悦びから)解放されるとしたら。

 

ね。

 

けれど 死ぬ というその選択が簡単に出来ないので、しないんです。

生きているというか、生きるという方法の方が楽だから。

楽というか、何もしなくても生きていけるから。

だからなんとなく、死ねないから生きているだけで。

 

でも、きっとその人は。

自ら死を選んだんだよなあ、と。

何があったかは分からない。

ものすごく苦しい中にいたのかもしれないし、それこそ、平井堅のノンフィクションの歌詞にあるみたいに、「惰性で見ていたテレビを消すみたいに」死ぬことを選択したのかもしれない。

分からないけれど。

その人は普通に何もせずに出来る生きるということをやめるために、わざわざ、死ぬということを選んだわけで。

 

なんだろう。

なんだろう。

 

事情も知らない人間が、何を言えるでもないのだけど。

『もののけ姫』の、アシタカも言ってるじゃない。

 

生きろ、そなたは美しい

 

って。

わたしには何も言えないから、一番近そうな、そしてわたしも時々思い出すこのセリフをとりあえず置いておくことにしました。

たまたま最近人身事故があったからそのお話から触れたけれど、今、自殺希望者だった人たちを殺害して切断した事件もあって、なんとなく、自殺について考えることが多くなりました。

考えるだけ。

思うだけ。

結局何かに対して結論も出せないし、意味はないのかもしれないけれど。

 

少なくとも。

わたしはわたしの身近な人にそんなことはしてほしくないし、身近でなくても、今回のように耳に入るような形でさえ誰かの自殺を知りたくはない。

生きていられるのなら、生きてほしい。

 

こういうものがありました。

いのち支える相談窓口一覧|JSSC

 

わたしに何が言えたわけでもないけど。

何か一つでも楽しいことが増えて、何か一つでも嫌なことが少なくなって、少しでも、生きていようと思えることが増える世界になりますように。